イリヤエッチングアーティスト
JUNICHI TANADA

Junichi Tanada
Profile

硝子の中に思いを込める

イリヤエッチングアーティスト 
棚田 潤一

北国から硝子の世界へ

エッチングを極める棚田が生まれたのは北海道。自宅でよく絵を描いていたという父の影響を受け、棚田自身も絵が好きで、美術は得意科目だったという。そんな棚田を硝子の道へと導いたのは美術の先生だった。「東京でおもしろいことをやっている人がいるんだ」そう言って紹介してくれたのが、先生の親戚にあたるグラスワークブレイン初代社長の岡本好正氏。興味があることを伝えると早速、岡本氏は棚田の高校へ。面接する間に棚田のための寮まで準備し始め、あっという間にグラスワークブレインへの入社が決まったのだった。
―5年ほど修業したら、北海道に戻ろう。
そんなことを考えていた棚田は、当時18歳。しかしながら、彼はそれから30年以上も勤め続けることになるのだった。

エッチング技術を
高めるために

1990年代、入社時のグラスワークブレインは、硝子の量産と繊細な硝子加工という2つの仕事に大きく分かれていた。硝子という素材を初めて扱う棚田は、10年ほど量産を担当することとなる。
しかし、時代の流れとともに量産の出荷量は年々減少、必然的に棚田も加工技術を担当するようになっていった。
その中で、彼がのめり込んだのが“サンドブラストエッチング”。
建材というよりアート作品に近く、絵心やセンスも欠かせないエッチングは、もともと美術を得意としていた棚田にぴったりだった。今でこそパソコンで作業ができるようになったものの、当時は下絵を描くのもトレーシングペーパーを用いて、ひとつひとつ手作業。下絵後は、今も変わらぬ細やかな彫り込み作業が待っている。
地道に、繊細に…苦労ばかりだったが、エッチングに魅せられた棚田は技術力を大幅に向上していった。

心を込めて、作品に命を

「立体構造が頭にあること」
それがエッチングに欠かせないポイントだと話す棚田。花なら花びらの一枚一枚の構成までわかっていなければ、リアルな立体表現はできないのだ。モチーフとなるものの立体構造を頭の中に叩きつけるため、若き日の棚田は本屋へ足繁く通い、多種多様な資料を見てはスケッチを重ねた。
現在はネットの画像検索も活用するが、実物そのものはもちろん、キャラクターものであればフィギュアを見に行くなど、イメージを高める努力は怠らない。下絵の段階で、完成形までイメージできていることが重要だという。たった数ミリの硝子の中に表現するリアルな立体感。わずか0.1㎜の深さの違いが大きな違いを生む、細やかな仕事だ。
様々な作品を手掛ける中で気づいたのは、思い出をとどめるために硝子のエッチングを選ぶお客さまが非常に多いということ。美しく繊細な硝子は、大切な記憶を閉じ込めるのにぴったりなのだろう。簡単に制作できる作品は、ひとつとしてない。すべてが、コツコツと長い時間をかけてつくったものだ。
依頼者の想いを大切に、棚田は今日も心を込めて、作品に命を吹き込んでいく。

INTERVIEW

棚田 潤一

「硝子の中に想いを込める」 棚田 潤一